●辛 光洙(シン・グァンス)容疑者=北朝鮮のスパイ、テロリスト。
 1929年6月27日生まれ(現在87歳)。

 日本名は立山富蔵。
 所属――人民武力部偵察局傘下の対南工作機関198部隊。
 日本語、英語、朝鮮語、ロシア語など4か国語を話す。


 昭和48年(1973年)7月2日、北朝鮮南部の元山港から工作母船に乗り込む。
 さらに工作子船、ゴムボートと乗り継ぎ、7月4日、石川県鳳至郡(現輪島市)の猿山岬灯台近くの海岸に辿りつく。
kousakusen(右は工作子船)

 猿山岬灯台は“秘境の岬”といわれ、猿や鹿などが多く棲息する断崖の灯台でしたが、辛 光洙はここに併設された無線方位信号所の電波を頼りに上陸、日本での工作を開始。
 
 到着時刻は夜9時過ぎ、夜陰に乗じて不法侵入を果たした辛 光洙は、まず大阪市生野区の民家に直行、潜伏。
 その後、東京の在日朝鮮人 朴春仙 の家で生活し、工作の拠点としていた。
 主な活動目的は“在日朝鮮人の抱き込み工作”。

maxresdefault 1980年、日本人調理師の原敕晁さんを拉致、以後、原敕晁さんになりすまして(背乗り海外渡航を繰り返していた。

※辛 光洙は原敕晁さん以外にも横田めぐみさん、地村保志さん夫妻などの拉致実行主犯とも言われている。

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megumi★横田めぐみさんは1964年(昭和39年)10月5日生まれ。
 拉致された当時は13歳だった。 
 一時期一緒に暮らしていた曽我ひとみさん談:
めぐみさん曰く、「待ち伏せされた」「私は空き地に隠れていた人間に拉致された」 

 毎日泣いてばかりいたというめぐみさんは、姉のように慕う曽我ひとみさんと一緒に日本の方角を探し、『ふるさと』を歌っていたそうです。 

★金賢姫の記憶の中の横田めぐみさん。
 金賢姫の著書『忘れられない女』の中に、北朝鮮の高校に通っていた日本人少女が出てきますが、金賢姫が招待所のおばさんに聞いた話によると、「その少女はお金持ちの娘だったのか、自分のものを洗濯することもできなかった」

 お母様の横田早紀江さんは、めぐみさんが行方不明になってから洗礼を受けてクリスチャンになったそうです。
 この37年間、めぐみさんのさまざまな情報が届くたびに胸を締めつけられるような思いだったでしょう。

 「拉致被害者の会」の内外でいろいろなことを言う人もいますし、拉致に限らず、誘拐された少年・少女のご家族について批判的なことを言う人も中にはいます。
 が、あくまでも厳しく糾弾、断罪されるべきなのは犯罪者であり、犯罪を隠蔽する国家、組織であるということを忘れてはならないと思います。

 被害者家族、被害者遺族を叩くような人間の心の隙をついて犯罪がはびこり、犯罪者が野放しにされているのだという現実を見据えること、犯罪が起こる土壌を作らせないことが大事なのではないかと筆者は考えます。

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拉致はテロ行為であり、国家の主権を侵害する重大な犯罪です。
 工作活動の足がかりを作る土台人、土台人をサポートする工作員、日本人になりすます工作員、これらはひとりで兼務することもあり、そのネットワークは複雑です。

 日本での拉致工作は一時より減ったとはいえ今でも続いているようですし、韓国でも年間3桁の数の拉致と思われる失踪者がいるとも言われています。

 日本や韓国だけでなく、外国を舞台に拉致の罠を張る工作員、罠にかかった被害者を北朝鮮に連れて行く工作員、工作員に利用されていることに気づかない協力者(半工作員)など活動自体も広範囲になり、より巧妙になっているそうです。

<彼らに共通していると思われる行動>
・とくに仕事もしていないのにいつも決まった時間に出掛けたり、電話をしたりなどの行動のルーティンワークがある。
・定収入もないのに国内外に頻繁に旅行する。
・郵便物、宅配物などはわざわざよその地域から発送する、または代理を頼む。
・朝方の暗いうち、または夜暗くなってからの外出、来客が定期的にある。
・他人の個人情報に強い関心を持ち、ストーカーまがいの行動を取る。(ネットストーカー含む)
・著名人と親しい、著名人に会った、話したなどといって信用させようとする。
・真逆の言動、嘘が多い。
例)加害者が被害者のふりをする。
 
※戸籍ロンダリングを果たした工作員、土台人は何食わぬ顔をしてあなたの近くに住んでいる、または引っ越してくるかもしれません。
 自衛策として、上記のような特徴をよく見極めることが大切です。

megumi

内容紹介:
北朝鮮拉致被害者の全員救出を願って。あきらめない。必ず迎えにいくよ。
[レーベル収益は拉致問題に特化した団体・組織に寄付されます。]
空と海の向こう
山口采希
フィズミュージック
2014-09-24