自民党の責任は重いといわざるを得ない。同党が主導して今月3日に施行されたヘイトスピーチ(憎悪表現)解消法に向けられた懸念が、早くも現実のものとなりつつある。

 川崎市内で5日に予定された団体のデモをめぐり、市は同法を盾に、申請された公園の使用を認めず、横浜地裁川崎支部は一定区域内での実施を禁じる仮処分を決定した。
 団体は場所を変えてデモを試みたが、警官隊も出動する大騒動に発展。同法の施行が、かえって現場を混乱に陥れている。

 5日午前、川崎市中原区の中原平和公園前は異様な雰囲気に包まれた。在日コリアン排斥などを訴えるデモ隊約20人を、「差別扇動デモにNO」「差別主義者は恥を知れ」などのプラカードを掲げた数百人のデモ反対派が取り囲み、「デモを中止しろ」「帰れ」と怒声を浴びせた。

 最後はデモ隊側が引き下がったが、出動した警官隊も事態の収拾に手間取る混乱ぶりだった。騒動の背景にあるのは、ヘイトスピーチ解消法の施行だ。

 川崎市は従来、同時刻の予定が入っていないかどうかなどで機械的に公園の使用を認めていた。だが、今回は同法の施行を目前に控え、「不当な差別的言動から市民の安全と尊厳を守る」(福田紀彦市長)と、デモ主催団体の「差別的言動のおそれ」を理由に使用を認めなかった。

 横浜地裁川崎支部は、「国外の国や地域の出身者で適法に居住する人が、国外の出身であることを理由に差別されたり、地域社会から排除されたりすることのない権利は、憲法13条に由来する人格権を持つ前提になるものとして、強く保護されるべき」とヘイトスピーチ解消法の前文の表現を引用しながら、「(差別的言動の)違法性は顕著で、表現の自由の保障の範囲外であることは明らか」と一定区域内でのデモを禁じる仮処分を決定した。

 確かに、人種や民族の違いを理由とした差別的言動は許されるものではない。
 しかし、不当な言動による精神的、身体的な被害は本来、名誉毀損罪や侮辱罪、暴行罪などの刑事犯、あるいは金銭賠償などの民事裁判に問うのが原則だ。

 川崎市や横浜地裁川崎支部のような決定は、表現の自由に対する「事前規制」につながる危険性を孕む点で、非常に問題が大きい。

 同支部の仮処分によると、今回のデモの主催者は平成25年5月から今年1月までに、JR川崎駅前の繁華街を中心に在日韓国・朝鮮人の排斥を訴えるデモを計12回実施。
 昨年11月と今年1月のデモでは「朝鮮人をたたき出せ」などと拡声器を使って叫んだという。

 その上で、同支部は「6月5日に予定されているデモで差別的言動を行う可能性は高く」「在日韓国・朝鮮人への差別的言動が行われれば、個人の尊厳をないがしろにし、耐えがたい苦痛を与える」とし、「差別的言動を事前に差し止める必要性は極めて高い」と結論づけた。

 そもそも、ヘイトスピーチ解消法は不当な差別的言動の解消に向け、国や自治体に教育の充実や啓発活動を求めただけの「理念法」だ。

 前文には「人権教育と人権啓発などを通じて、国民に周知を図り、その理解と協力を得つつ、不当な差別的言動の解消に向けた取り組みを推進すべく、この法律を制定する」とあり、定義の難しいヘイトスピーチそのものを禁じた法律でないことは明らかだ。
 にもかかわらず、罰則規定もないこの法律を根拠に、表現の自由の「事前規制」が行われるとすれば、「曲解」のそしりを免れない。

 同法の制定を主導した自民党内には、「憲法問題に発展しかねない」と表現の自由の侵害を懸念する声もあった。ヘイトスピーチへの対応には野党側の強い求めもあったとはいえ、法制定の拙速さは否めない。
(政治部 力武崇樹)
産経ニュース 2016.6.25