イルリサット氷河から流れ出した氷山群‐グリーンランド
イルリサット氷河から流れ出した氷山群

 世界最大の島、グリーンランド(デンマーク領)の氷がとけ始めた。氷河の流出は加速し、後退が続く。地球の温暖化は、高緯度の地帯により深い爪跡(つめあと)を刻む。そして、地球全体の海面上昇を招き寄せる。原因と考えられるのは、日本を含む国々が排出する温室効果ガスだ。極北の地と、私たちの生活は直接、つながっている。

グリーンランド 
この数年、海が凍らなくなった=グリーンランド

 北緯69度・イルリサット。白い大河が、ささくれ立っている。末端がはじけ、水深1000メートルを超すフィヨルドへと落ちる。高度2000メートルから見た景色は、氷の墓標だった。

 イルリサット氷河は04年、ユネスコの世界遺産となった。島の面積216万平方キロの81%を占める氷床から、人の感覚を超える量の氷が押し寄せ、絞り出される。地球温暖化の最前線である。

 この氷河は、20世紀初頭から次第に後退してきた。近年、その加速が激しい。90年代後半からの10年で後退した距離は、約15キロにもなる。

 北部の地元猟師たちによると、近隣の中小氷河は、この数年で100メートル以上、後退している。

 今、グリーンランド内陸の氷床は、注目を集める。米航空宇宙局(NASA)などのグループは2月、グリーンランドを覆う氷河の年間流出量が10年で約2.5倍になったと発表した。イルリサットには今月下旬からNASAの研究者が訪れ、地元テレビに「90年代前半に比べ流出速度が大きく変わった。重大なことが起きている」と語った。

 高緯度地帯では、温度変化の影響が増幅される。地表の雪氷は低温を保つ働きがあり、その雪氷が消えると、逆に急激な温度上昇が進む。

 昨夏、イルリサットでの気候変動国際会議。グリーンランド自治政府のハンス・エノクセン首相は、各国の環境大臣らを前に演説した。「温暖化の影響を観測するのに科学者である必要はない。漁師やハンターは日々の生活で気付いている」

 イヌイットやエスキモーの名で知られる極北の民は、極地の脆弱(ぜいじゃく)な環境によって立つ。グリーンランド天然資源研究所のソレン・リスガード教授は言う。「温室効果ガスが島を大きく変えていることを、産業先進国に住む誰もが知らないのです」

 超高速コンピューターが、グリーンランドの気候変動をはじき出す。東京大学気候システム研究センターの阿部彩子助教授らは、「地球シミュレータ」で、数値計算による気候変動の予測を続ける。

 温暖化傾向が続けば、グリーンランドの氷床がとけ、今世紀終わりまでに海面を10センチ上昇させる――。二酸化炭素などの温室効果ガスの増加が21世紀末で止まった場合の計算でも、数千年後にはグリーンランドの氷は消える。海面は6メートル上昇、東京の埋め立て地帯や下町は完全に水没する。

 極北地方は「炭坑のカナリア」のように、気候異変の予兆を告げている。エノクセン首相は会議でこうも語った。「今、私たちの身に降りかかっていることは、近い将来、南に住むあなたたちにも訪れるのです」

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 地球環境の異変を、最前線の北極域から随時リポートする。

 ○海面押し上げに直結

 地上の氷の約9割は南極にあるが、残りの大半はグリーンランドにあって、北極の陸氷の大部分を占める。海に浮かぶ氷がとけても海面レベルにはあまり影響しないが、陸氷は、とけると海面上昇に直結する。

 南極に比べ、人間の生活圏が近い北極は、環境変化の影響が出やすい。国際自然保護連合は5月、ホッキョクグマを絶滅危惧(きぐ)種とした。世界の科学者が04年にまとめた報告書も先住民の生活への影響を懸念する。

 今年は日本が南極観測を始めて50年。また07年には、各国同調で50年ぶりの「国際極年(07~08)」を迎える。北極域の資源開発が加速し、環境汚染もあらわとなった。研究に加え、先住民の生活支援など社会問題の対策にも乗り出そうとしている。

 ◆キーワード

〈北極〉 北極点を中心とする北極海は、シベリア、カナダ、アラスカなどの陸地に囲まれている。地球の自転軸の傾きで、夏は夜でも薄明かり状態が続く「白夜」があり、冬は昼間でも太陽がほとんど昇らない「極夜」がある北緯約66度33分以北を、「北極圏」という。ただ、極地としては「森林限界」「夏の気温が10度を超えない」「永久凍土がある」など様々なとらえ方がある。温暖化論議に出てくる「北極」は、比較的低緯度でも極寒のシベリア南部やカナダ南部付近などを含めた北極域全体を指すことが多い。
asahi.com 2006年05月29日