文在寅

 ◇文在寅がトーンダウンした「あっけない理由」

 韓国の文在寅大統領は8月15日、日本の植民地支配からの解放を記念する「光復節」の式典で演説、一転して批判を抑制して「対話と協力の道に出てくるならば、わたしたちは喜んで手を握る」と日本に対話を呼び掛けた。

 演説そのものは、日韓関係が悪化したそもそもの発端である徴用工問題を巡る日韓請求権協定違反について言及しておらず、日本から見れば評価に値しない。

 とはいえ、なぜ、文大統領が突然、あのヒステリックな強硬姿勢を一転させたのか。その解説はあまり目にしないし、あったとしても、仲介役として頼みの綱にしていた米国の動きが鈍いとか、関係改善を悲願とする北朝鮮に相手にされていないといった国際政治の力学から分析するものだ。
 こうした分析は早くから指摘されており、ここへきての決定的要因とは思えない。

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 そこでひとつ、経済ジャーナリストとして提起したいポイントがある。実は、8月に入ってから韓国経済にはっきりと黄色信号が灯っているのだ。
 韓国関税庁の公式統計がその黄色信号で、輸出の落ち込みが明らかになり、一段の景気減速が避け難い情勢なのである。

 一定の批判はあるものの、2017年5月の就任以来、文在寅大統領は根強い人気を誇っており、今なお40%台の高い支持率を維持している。その政権基盤が文政権の対日強硬姿勢を支えたきた。経済の急減速の見通しは、その基盤を覆しかねない深刻な問題だ。

文在寅退陣要求デモ
光復節に行われた文在寅退陣要求デモ

◇文在寅大統領の「的外れな演説」

 約30分間の演説では、これまでの日本を挑発するかのような発言を控えて「日本が対話と協力の道を選ぶなら、私たちは喜んで手を取り合うだろう」と述べたという。中には、元徴用工や慰安婦の問題については直接言及せず、融和を呼びかける内容だったと解説する報道もあった。

 確かに、トーンダウンはしたのだろう。振り返れば、文在寅大統領は、日本が輸出管理を簡略化する優遇対象国から韓国を除外する閣議決定をした8月2日に、「加害者の日本が居直るばかりか、大口をたたく状況は決して座視しない」などと、感情むき出しで日本を批判した。

 12日になると、「日本の経済報復への対応は感情的になってはいけない」とややトーンダウンの兆しをみせた。

 そして、8月15日。「わたしたちは過去にとらわれないで、日本と安保・経済協力を持続してきた。日本が対話と協力の道に出てくるならば、わたしたちは喜んで手を握る。公正に貿易を行い、協調する東アジアを一緒につくっていく」などと語り、明らかに批判を抑えた格好となったのだ。

 しかし、貿易管理は文大統領が主張してきたような徴用工問題への報復措置ではない。これはテロや戦争に民生品が転用されるのを防ぐための措置なのだ。自由貿易と相容れないものではないし、むしろ国際社会の要請である。そのことは、本コラム(7月9日付「輸出規制で大ピンチ、韓国・文政権がいよいよ『自爆』しかねないワケ」)で指摘した通りである。

 ◇大法院(韓国最高裁)判決は国際間の請求権協定破り

 日韓関係の悪化の発端になったのが徴用工問題である事実を無視することはできない。文政権は、昨年10月末の大法院(韓国の最高裁)判決を金科玉条とし、日本政府の度重なる要請を無視して、日韓請求権協定違反の状態を放置してきた。このことが、日本国民の感情を逆撫でして、両国の関係を冷え込ませた。

 それゆえ、光復説の演説で、文大統領が元徴用工や慰安婦の問題に関する日本の責任を追及する発言を控えたというだけでは、関係改善のきっかけとして不十分だ。

 まず、元徴用工問題で、日韓請求権条約に基づいて韓国政府が果たすべき役割にのっとって、問題を解決する姿勢を明確にすることが、関係修復への出発点のはずである。そうした点について何も発言していない以上、文大統領の演説は評価に値しない。

 ◇貿易収支黒字がついにストップ

 一部の新聞が取り沙汰しているのは、安全保障面で米国を含む同盟関係が揺るぎかねない状況に危機感を持ったのではないかとの見方だ。米国が韓国の言い分に耳を傾けず、日本の主張に理解を示しているとされることが背景だというのである。

 加えて、北朝鮮が、米国との軍事演習を進める文政権を非難してミサイルの発射を繰り
り返し、韓国との話し合いの席に戻るつもりはないとしている問題もある。

 思惑が外れた文政権が、遅ればせながら現実を直視し始めたのではないかという見立てと言ってよいだろう。頷ける面もあるが、この2点はいずれも当初からの予見の範囲内と言うべきだろう。

 筆者が注目するのは、8月12日に、韓国関税庁が公表した8月上旬(1-10日間)の貿易統計だ。それによると、韓国の輸出は前年同期比22.1%減の115億ドルにとどまった。

 相手国別でみると、中国向けが同28.3%減、米国向けが19.5%減、そして日本向けが32.2%減で、主要相手国向けが軒並み大幅な減少となっている。明らかに、米中貿易戦争激化と世界的な半導体価格の下落が響いているのだ。

 品目別では、主力輸出品の半導体が同34.2%減だったことから、世界的な半導体市況の低迷の影響が引き続き韓国経済の足を引っ張っていることも改めて裏付けられた。

 ちなみに、同じ期間の輸入は、13.2%減の142億ドルで、輸入の減少を上回るペースで輸出が減ったことも明らかになった。この結果、貿易収支は7月の24億4000万ドルの黒字から一転、8月1日からの10日は26億4900万ドルの赤字に転落した。韓国が90ヵ月連続で維持してきた貿易収支の黒字に、はっきりと黄色信号が灯った格好なのである。

 ◇韓国経済の底割れは間近

 韓国経済は、もともと国内市場が小さいため、消費や投資の寄与度が低い。GDPの4割を輸出に依存する特異な構造である。

 昨年の実質成長率は、米中貿易戦争の激化と半導体の市場低迷が響いて、前年を0.4ポイントも下回る2. 7%に急減速した。

 さらに、IMF(国際通貨基金)は今年5月、今年の実質経済成長率の見通しを年2.6%に引き下げた。引き下げたと言っても、IMF予測は楽観的な方で、民間予測ははるかに悲観的だ。野村証券と英キャピタルエコノミクスが1.8%、ゴールドマンサックスが1.9%と軒並み2.0%を下回っているのである。

 こうした中で、8月上旬のように、これまでの予測を上回るペースで輸出が落ち込めば、韓国経済が底割れしても不思議はない。

 盤石だった文在寅大統領の政権基盤である、世論の高い支持率が揺るぎかねない事態が、水面下で静かに進行しつつあるわけだ。

 遠からず、韓国経済の減速は顕在化するだろう。放っておけば、国民の不満が爆発することを恐れて、文政権は強硬な姿勢を改めざるを得なくなる可能性が大きい。
現代ビジネスisMedia

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