Dixiecup
「DIXIE CUP」旧工場の屋上に今も紙コップのオブジェが残っている

 ◇紙コップの発明 ⇒水の販売から使い捨て紙コップの販売へ

 20世紀初頭、噴水、樽、または井戸から水を飲む人々は、金属、木材、またはセラミック容器を使っていた。
 ボストンの弁護士で発明家であるローレンス・ルーレンは、誰もが共通のカップを使用することから生じる健康被害について頭を悩ませ、1907年に紙コップを発明。1908年に特許を取得(US 1032557 A)して「HEALTH KUP」と名付ける。

 これは、使用後に廃棄できる紙袋状だったが、彼はさらに改良を加え、5年後、円筒型の紙コップを完成させ「DIXIE CUP」と名付ける。
 1918年、スペインでインフルエンザが流行して多くの死亡者が出たため、人々は細菌による感染症を恐れて使い捨ての紙コップを使用するようになった。
Invention and history of disposable paper cup
prometheusip 

円筒形の紙コップ1913年~
使い捨てカップ
■ローレンス・ルーレン
ボストンンの弁護士兼発明家。紙コップは、ルーエンが1片の紙で2つのコップを手作りしたことから始まる。
ルーエンはヒュー・ムーアの創業したアメリカン・ウォーター・サプライ・カンパニーに加わり、5オンスカップ1杯につき1セントで販売。
後に社名をインディビジュアル・ドリンキング・カップ・カンパニー・オブ・ニューヨークに改め、水飲み器の隣に設置されるカップディスペンサーを製造、「HEALTH KUP」として1セントで販売。後に「DIXIE CUP」と名付ける。
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Dixie

◇1909年、カンザス州で公共の場での共用コップ(ブリキ等)を廃止する法案可決

 1910年9月23日、一般的な飲用カップ共用の危険性が指摘され、1909年から1910年にかけて「ザカップキャンペーン」というパンフレットが配られる。
 鉄道、学校、オフィス、その他で一般的なコップの使用が禁止されたため、公共の場所で紙コップを無料で配布する装置を製造する会社も出始める。

 1910年12月15日、ルーレンらはニューヨークで個別飲料カップ会社をメインに設立、1917年に再編成して法人化、新会社に特許を割り当てて紙コップの製造を許可。最初の製造工場は118 East 16th Streetに設置。

 1911年、本社を220 West 19th Streetに移転。
 1912年までに、Individual Drinking Cup Companyの製品はHealth Kupと呼ばれ、同社は最初の半自動機械を開発して製造。
 1913年、関連するベンチャー会社として、タオル、石鹸、脱臭剤、生理用ナプキンを販売する個別サービス会社を設立。

 1916年までに、ペンシルベニア鉄道、ラッカワナ、シカゴ、イリノイセントラル、ニューヨークセントラルの一部の路線、およびプルマンカンパニーを含む全国の100を超える鉄道が、個別飲料カップカンパニーの製品の販売契約を結び、同社はすぐにドラッグストアとソーダファウンテンに市場を拡大。

 第一次世界大戦後のインフルエンザの流行により、紙コップの需要がさらに高まる。
※DixieCupは現在、Georgia-Pacificの製品部門
dixiecollection 

紙コップの発明と歴史(後編)

金線サイダー 三ツ矢サイダーの前身
戦前の日本の紙コップ:飲料メーカーの試飲、販促用に作られた。

「南京の真実」
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