第一組
処刑第一組(登場順、敬称略)

花山信勝 「巣鴨の生と死」より引用――

――かくしてもう(午後)十一時半にもなったので、私は大急ぎで一階にかけ降りて、 再び仏間の用意をし、コップにブドー酒をつぎ、水を入れたりして七人の到来を待った。

花山信勝回想録

 まもなく三階から処刑第一組として土肥原、松井、東條、武藤の四人の順で、列をつくって降りて来られた。
 それぞれ二人の看視につきそわれていた。 両手には手錠がかけられ、さらにその手錠は、褌バンドで股に引っかけられていた。 極めて不自由な姿である。 着物はいつも着ていられた米軍の作業衣であった。
 しかしシャツは見えた。 クツは編み上げの日本クツであった。

 係官から時間が七分しかないということをいわれたので、取敢えず仏間のローソクの火を線香につけて、 一本ずつ手渡し、私が香炉を下げて手もとに近づけて立てていただき、それから仏前に重ねておいた奉書に署名をしてもらった。
 不自由な手ながらインクを含ませた筆をとって、土肥原さんから順に筆を揮った。

 それからコップに一ぱいのブドー酒を口につけてあげて飲んでもらう。
 さらに水のコップを私が少しずつ飲んでは、みなさんに飲んでいただいた。 
 東條さんの「一ぱいやりたい」も、どうやらこれで果され、大変な御機嫌であった。

「南京の真実」 土肥原賢二
手錠を嵌めた不自由な手で花山氏が持つ紙コップに手を添える土肥原賢二大将

 その後、まだ二分あるというので、『三誓偈(さんせいげ)』の初めの三頌を声高らかに私は読んだ。
 四人は頭を下げて、静かに瞑目して聞いておられ、終った時、
「非常に有難うございました」
とお礼をいわれた。それから誰いうとなく「万歳」という声が出て、たぶん東條さんと思うが、
「松井さんに」
というので、松井さんが音頭をとって「天皇陛下万歳」を三唱、 さらに「大日本帝国万歳」三唱を共に叫ばれた。

 ブドー酒のあとで「お菓子はどうですか」といったが、みな入れ歯を取っていられたので、 歯がないからと遠慮されたが、松井さんに、やわらかいビスケットを一つ口の中に入れてあげたら、 もぐもぐたべられた。

第一組
映画『南京の真実』より

 以上の行事は、仏間ではせまくて、すべて廊下に立ったまま行われた
 この時、東條さんから、約束通り念珠を受取った。 松井さんも、手にかけておられたので、
「これを、奥さんに差上げましょうか」
といったら、
「そうして下さい」
といわれ、受取った。他の二人は、部屋(独房)の袋に残して来られたという。

 やがてウォルシュ牧師(軍帯同司祭・少佐)及び二、三人の将校にあいさつをして、それぞれしっかりと握手を交わされた。
 私も、いちいちみなの手を握って、最後のあいさつをかわした。 いずれの方も非常に喜んで、長い間の労苦を感謝され、また、
「あとの家族のことをよろしく」
と頼まれた。時間は、刻々と迫ってきた。

 出口の鉄の扉が開いた。当番将校先導で、その後にチャプレンと私がつづき、そのうしろに 土肥原、松井、東條、武藤の順で並び、両脇には看視、あとに将校が二、三名(第8軍の中佐)つづいて、 静かに中庭を歩んでゆく。その間、約二分ぐらいかかったが、念仏の声が絶えなかった。 とくに東條さんの声が・・・・・・。

 刑場の入口(コンクリート塀)で、私は隊列を離れ、さらに四人と、 また一人一人手を握って最後の「御機嫌よろしゅう」をいったところ、
「いろいろ御世話になって、有難う。どうか、また家族をよろしく願います」と、 みなにこにこ微笑みながら、刑場に消えられた。

 あとで聞いたところ、台上では四人とも、最後の南無阿弥陀仏を称えていられたということだ。
 急いで仏間に帰る途中、ガタンという音をうしろに聞いた。時計をみると、午前零時一分だった。

第二組
第二組

 仏間に戻って、再び用意して待っているところへ、第二組の三人、 板垣、広田、木村さんが降りて来られた。 顔を合せると、すぐ広田さんが真面目な顔で、
「今、マンザイをやってたんでしょう」といわれた。
「マンザイ? いやそんなものはやりませんよ。どこか、隣りの棟からでも、聞えたのではありませんか」
私も真面目に、こうこたえた。
「いや、そんなことはないが・・・・・・」

 とにかく、今度は三人とも仏間の中に入ってもらって、お線香を一人ずつに、 前のように渡して立ててもらい、署名をされたあとで、今度は時間があったので『三誓偈』を全部読んだ。

 木村さんだけは、眼鏡をかけて降りて来られ『意訳聖典』も持って来られたため、 私の読経中それを開けて読み、私の読経に合せておられた。お経の終ったあとで、広田さんが、
「このお経のあとで、マンザイをやったんじゃないか」といわれた。
 私も、やっと気がついて、
「ああバンザイですか、バンザイはやりましたよ」といった。 それでやっと、マンザイがバンザイだとわかって、
「それでは、ここでどうぞ」
というと、広田さんが板垣さんに、
「あなた、おやりなさい」
とすすめられ、板垣さんの音頭で、大きな、 まるで割れるような声で一同は「天皇陛下万歳」を三唱された。

 もちろん、手はあげられない。 それから、仏間の入口に並んで、みなにブドー酒を飲んでもらった。 このときは、米兵の助けをかりず、私がコップを持って、一人一人全部に飲ませてあげた

 広田さんも、おいしそうに最後の一滴まで飲まれたし、 板垣さんの如きは、グッと元気よく一気に飲みほされた。 よほど好きらしかった。 木村さんだけは、半分以上残された。 余り、酒の好きな人でないと見えた。

 次に、水を飲みかわして、しっかりと握手をした。 みな、にこにことあいさつをされて、
「いろいろお世話になりました。どうぞお大事に、また家族たちをよろしく」
 たいへんに、感謝された。

映画『南京の真実』:緑山スタジオのオープンセット(裏側)
215

刑場区域:塀の曲線具合や左の棺桶置き場、立ち木など完璧に再現されている
処刑棟

刑場区域
処刑棟は巣鴨プリズンの敷地内、北西の角にあった

1800
巣鴨プリズン

 それから、前のような列になって刑場の入口へすすみ、私はここで、前と同じように、別れた。
 最後に、木村さんは頭を幾度も下げ、にこにこ笑って、私に、
「どうか、家内たちをよろしくお願いいたします。お世話になりました」
と、長いあいさつをして刑場に入られた。
 中庭はそうでもなかったが、刑場の中はあかあかと照明に照らされていた。
 この時も、また途中でガタンを聞いた。零時二十分だった。
花山信勝 「巣鴨の生と死」  (p.382)

筆者註)ウォルシュ牧師=パトリック・ウォルシュ

「南京の真実」
検証① 検証③ 検証④ 検証⑤ 検証⑥ 検証⑦      

       *       *

(引用文献、参考史料・資料)
映画『南京の真実 七人の死刑囚』チャンネル桜エンタテインメント(監督:水島総)
『正論』 「南京の真実」制作日誌(水島総)
『巣鴨の生と死』 花山信勝
『東條英機と天皇の時代(下)』保阪正康
『巣鴨プリズン 未公開フィルム』織田文二
『巣鴨プリズン 教誨師花山信勝と死刑戦犯の記録』小林弘忠
「QHQ報告書」(米国国立公文書館)
東京特派員クラブ(日本外国特派員協会の前身)
その他

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。