ヤルタ会談

【日本史の中の危機管理 濱口和久】

◇スターリンの野望

 69回目の終戦の日が過ぎた。終戦直後である69年前のちょうどこの時期、千島列島の北端で、日本軍とソ連軍との間で戦闘が繰り広げられていたことをご存じだろうか。

 先の大戦末期の1945(昭和20)年2月4日から11日まで、クリミヤ半島のヤルタで米国大統領のルーズベルト、英国首相のチャーチル、ソ連首相のスターリンによる3カ国首脳会談が開かれた。会談でルーズベルトは、ソ連による千島列島と南樺太の領有を認めることを条件として、スターリンに日ソ中立条約を破棄しての対日参戦を促した。これが「ヤルタ密約」といわれるものだ。

 ヤルタ会談の2カ月後、ルーズベルトは急死。副大統領から昇格したトルーマンは終戦工作を進め、日本はソ連参戦と広島、長崎への原爆投下を経てポツダム宣言を受諾する。
 そのトルーマンは8月15日、スターリンに対し、ソ連が日本軍の降伏を受理する地域を規定した「一般命令第一号」を送付した。

 そこではソ連軍の占領地域は満州と北緯38度以北の朝鮮となっており、ヤルタ密約とは違って千島列島は含まれていなかった。この内容を不満としたスターリンは翌16日、直ちにトルーマンに次のような要求をする。

 (1)日本軍がソ連軍に明け渡す区域に千島列島全土を含めること。これはヤルタ会談における3カ国の決定により、ソ連の所有に移管されるべきものである。

 (2)日本軍がソ連軍に明け渡す地域には北海道の北半分を含むこと。北海道の南北を2分する境界線は、東岸の釧路から西岸の留萌までを通る線とする。なおこの両市は北半分に入るものとする。

 あろうことかスターリンは、北方4島を含む千島列島全島の領有を挙げたのみならず、北海道の半分を要求してきたのである。北海道の占領は、日本のシベリア出兵に対する代償であると主張した。

 トルーマンからは北海道北部のソ連占領を認めないという返事が18日には届いたが、スターリンはそれを無視する。ソ連の戦史研究所所長、ボルゴドノフ大将は、スターリンは終戦直前、極東軍最高司令官、ワシレフスキー元帥に「サハリン南部から北海道に3個師団の上陸部隊を出せるように準備指令を出した」と語っている。

 近現代史研究家の水間政憲氏はボルゴドノフ大将の発言を裏付ける証拠として、ソ連の「北海道・北方領土占領計画書」を山形県鶴岡市のシベリア資料館で発見し、『正論』平成18年11月号にその内容を発表している。これを読むと、ソ連は北海道の半分どころか、あわよくば全島の占領をもくろんでいたことが分かる。

スターリンは北海道の北半分を要求

◇占守島の戦い

 カムチャツカ半島の南端から海峡を隔てて10㌔余、千島列島の最北端に、占守島(しゅむしゅとう)という島がある。この島に、将兵の誰もが戦争は終わったと信じていた8月18日午前0時過ぎ、カムチャツカ半島のロパトカ岬からソ連軍長射程砲の砲撃が開始された。「ソ連軍、占守島に不法侵入を開始す」という電文が北千島方面の第91師団長、堤不夾貴(ふさき)中将から札幌にある第5方面軍司令部に入ったとき、司令部では幕僚たちが顔を見合わせるだけでしばらく沈黙が続いたという。

 そのとき、司令官の樋口季一郎中将は、自衛のための戦闘を命ずるべきか、戦闘行為を禁じていた大本営の指示に従うべきか悩んだ末、反撃命令を発した。

 実際の戦闘では、ソ連軍は上陸用舟艇16隻など計54隻の艦船、総人員8300人余りで、18日午前2時に島北端の国端岬に急襲上陸を図った。1日で全島を占領し、千島列島を南下する計画だったが、日本軍の予想外の抵抗により大きな被害を出し、変更を余儀なくされた。

 結局、ソ連軍は上陸地点にくぎ付けとなったまま、戦闘は8月21日に終結した。ソ連側の記録では、ソ連軍の死傷者は日本軍をはるかに上回ったとされている。ソ連のイズベスチヤ紙などは占守島の戦いを「満州、朝鮮における戦闘より、はるかに損害は甚大であった」と伝えていることからも、いかに激しい戦闘が繰り広げられたかが想像できる。

◇教科書にない真実

 もし樋口中将の英断による占守島での日本軍の頑強な抵抗がなければ、その後のわが国はどうなっていただろうか。

 北海道はソ連軍に占領されていたに違いない。そして満州や南樺太で起きた略奪、子女に対する暴行や強姦が繰り返され、多くの民間人の青年がシベリアに強制連行されていたことだろう。さらには北朝鮮や統合前の東ドイツのように共産主義独裁国家が北海道に誕生し、津軽海峡を挟んで同じ民族同士で対立していたであろうことは想像に難くない。

 ソ連の北海道占領計画は歴史の教科書に載っていないため、学校では教えられていない。そのため日本人の大半が知らない「歴史の真実」となっているのである。

 (拓殖大学日本文化研究所客員教授) 
産経新聞