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左から、被害者の稲垣則子さん(当時47歳)、前田寛美さん(当時16歳)、矢吹恵さん(当時17歳)。

【重要参考人C】
◆週刊文春2001年11月22日号の報道。

・「犯人の実名を挙げた、暴力団関係者の手紙が存在する」 
 別件で拘置されていた暴力団関係者が、別の拘置所の知人に宛てた私信。
 この暴力団関係者は、自身が事件の一部に関与したことを示唆し、「実行犯として、元自衛官Cの実名を挙げていた」とされる。

◆産経新聞、日本テレビ等の報道(2003年)
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・ 「2002年に逮捕された70代(報道当時)の男Cが、事件に関与しているのではないか?」と報道される。

[理由]
・「C(元共産党員)が、大阪市内の信用金庫で起こしたとされる強盗未遂事件(1997年)」で使用された銃弾の線条痕が、本件の現場で発見された銃弾のものと酷似している。

・事件当時、Cは八王子周辺に居住していた。

・Cは、拳銃を使用した銀行強盗や、現金輸送車襲撃事件を繰り返していた。
 →26歳の頃に銀行強盗を企て、その年、職務質問をしてきた警官を射殺。
 →無期懲役判決が下ったが、仮出所中に凶悪な事件を繰り返していた。

・Cは、本件の4か月前に発生した警察庁長官狙撃事件でも名前が挙がった。

takeda・中国の元日本人死刑囚武田輝夫(右の写真)=日中混成強盗団のリーダー格の証言。

 「覚醒剤所持の罪で、死刑が確定していた日本人男性死刑囚:武田輝夫」が、「八王子の事件に関する情報を知っている」と、「中国公安当局に証言した」と報じられる。
 
 これを受けて、日本の捜査当局も2009年9月に武田輝夫に面会し、事情を聴いた。

 日本国内の9都県において、資産家宅を狙った計17件の強盗事件(被害額は約6億円)を犯した日中混成強盗団のリーダー格でもあった武田輝夫が、日本警察の事情聴取に応じた際の証言内容。
   ↓
「日本で強盗団に加わっていた中国人の男:何亮(カ・リョウ)容疑者が実行犯を知っているかもしれない。日本で一緒に強盗団にいた時に、八王子の事件が話題に上ったが、何亮(カ・リョウ)容疑者は事件に関して詳細を知っていた」
 
 ※武田輝夫(当時67歳)は、中国・大連刑務所にて2010年4月9日午前9時(日本時間同10時)、死刑が執行された。

gun【使用された拳銃と入手ルート】
・事件に使用された拳銃は、フィリピン製のスカイヤーズビンガム(リボルバー38口径)とされている。

 ※昭和63(1988)年に金沢市内で発生した資産家夫婦射殺事件で使われた弾丸の線条痕と、八王子スーパー強盗殺人事件の弾丸の線条痕が「酷似」していることが判明。

・2009年1月に覚せい剤営利目的所持で逮捕された暴力団組員(当時43歳)が所持していた拳銃が、事件現場の銃弾から見つかった線条痕と極めて似ていることが捜査で判明。 
 元暴力団組員の交友関係などを捜査している。

・フィリピン警察の協力で拳銃製造元を訪れ、線条痕のデータ等の照合から、日本への流通ルートを調べている。

【その他】
・犯行現場から採取された微物の中に、極小の鉄球が採取されていた。

 →実行犯を知るとされるカナダ在住の中国人・何亮(カ・リョウ)容疑者は、現在、立川拘置所に拘置されているが、かつて大森の鉄工所で働いていたと語っていた。

 →当時、その鉄工所には中国人が7~8人働いており、犯行現場から採取されたものと同じ鉄球が鉄工所にも常時散らばっていたと言われている。

・スーパーナンペイには当時4台の防犯カメラが有ったが、記録装置はなかった。

・「レジを閉めたあと、売上金をむき出しのまま、暗い駐車場を通り、事務所まで運んでいた」ことは、普段から従業員に不安視されていた。

・この日は、不審者や不審車両が数多く目撃されていたが、特定には至っていない。

・犯行時間前に、「現場近くで停車し、犯行時間後に近くの交差点を走り去る、白の乗用車」が目撃されている。

【内情に詳しい者の関与はあったのか?】
・ 犯人は、閉店時間や売上金の管理、閉店後の店員らの動きを全て把握していた疑いがある。

・ 被害者の一人が金庫の開け方を知っていた。

・金庫には鍵がささったままだったが、ダイヤルは二重ロックされていた。
 こじ開けようとした跡があったが、売上金(526万円)はそのままとなっていた。 

・ 店舗の「セキュリティーシステム」が全て解除されていた。

・ アルバイト店員2名は粘着テープで口を塞がれ、互いの右手と左手の手首を繋がれて向かい合うような姿勢で、後頭部から一発づつ撃たれて殺害されていたが、パート店員の稲垣さんは縛られてなく、金庫にもたれた状態で2発の銃弾を撃たれ、顔に銃把で殴った跡や腹部に刺し傷もあった。

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