■1936年10月22日 読売新聞 朝刊9面より
コラム 解説 時の言葉:人工地震
(書き起こし)
世界で最初の試みである關[関]門海底トンネルの建設といふ大工事に着手した矢先き、鉄道省官房研究所渡邊技師始め学会、専門技術家等の間で研究中の「人工地震」による地質調査の實驗[実験]が、とても好成績を収めた旨廿[二十]日付の本紙は特報してゐます。
さて、この「人工地震」ですが、これは、地中に火薬をいけて爆破さして震動をおこすことを云ふもので、この震動のことを地震波とも称してゐますが、純物理學的には弾性波と呼ばれ、この地震
波又は弾性波の速度は物質の硬さ(弾性率)の大きさに比例するが為に、例へば一定地域の地質を調査するに當[当]って、そこに火薬を爆破さして、所謂人工地震を起し、地震波の速度を計れば、その地質の硬軟その他が分明[=判明]するといふわけであります。
ですから、この人工地震によって、トンネルの地質調査を始め鑛[鉱]脈の探検、石油、石炭の探査、或ひは軍事上敵の大砲の位置の測定等に用途があるさうです。
元来人工地震によるは地質調査はスウェーデンがその先鞭をつけたもので、米佛[仏]等には鐡[鉄]道の基礎調査を請負ふ人工地震会社と云った人工地震会社と云つたものも存在してゐますが、何と云っても我國[国]は地震国でもあり、この種の研究は世界中で一番發[発]達しているさうで、今度關[関]門トンネルでの實驗[実験]は、海底で試みること及び無電装置を施してこれを行ふことの二つが世界で初めての劃[画]期的な實[実]施とされてゐます。
◆1938年2月18日 読売新聞 夕刊2面より
見出し:揺れるぞ關[関]東大震災以上 家屋、ビルの耐震建築検討へ河野教授
あす珍しい人工地震の實驗[実験]
◆1941年5月6日 読売新聞 朝刊3面より
見出し:玄海灘の底深く“人工地震“實驗[実験] 朝鮮海峡海底隧道 実現の第一歩
<人工地震の歴史>
http://daidaikonn.blog27.fc2.com/blog-entry-416.htmlより
(リンク先に画像あり)
■1953年9月13日 読売新聞 夕刊3面
「人工地震で9名がガス中毒=釜石」
■1956年12月5日 読売新聞-朝刊7面
「最大の人工地震成功=茨城、吹き上がる地下水6本」
■1957年8月26日 読売新聞 朝刊7面
「震度5で大成功-茨城で人工地震」
■1957年9月7日 読売新聞-朝刊7面
「原爆で人工地震-ネバダで14日に初実験」
■1958年6月17日 読売新聞 夕刊5面
「人工地震で落盤30人が生き埋め」
■1961年11月10日 読売新聞-朝刊11面
「深夜の人工地震 新潟で本土横断の地殻構造を調べる」
■1965年3月31日 読売新聞-夕刊3面
「人工地震 日本列島は生きている。地下の構造を探る注目の海洋実験」
■1973年8月30日 読売新聞-朝刊7面
「地震 発生待つより制御研究を。たまったエネルギー人工地震で発散-予知だけで防げぬ」
■1975年6月18日 読売新聞-朝刊4面
「“気象兵器”で米ソ交渉 開発禁止話し合う」
■1984年3月12日 読売新聞-朝刊23面
「人工地震大きすぎた! 新幹線のダイヤ乱れる。震度一の予定が4~5」