熊 深刻なエサ不足

 世界屈指のヒグマ生息地である知床半島で今秋、カラフトマスの遡上(そじょう)が著しく減少し、クマが深刻なエサ不足に陥っている。気候変動の影響とみられ、夏の主食のドングリやハイマツの実も知床を含む道内各地で不作となり、釧路管内白糠町ではこれまで確認されなかったトドマツの内樹皮をクマが食べた痕跡も見つかった。専門家らはクマの市街地出没が道内で相次ぐ背景に、従来の生息地でエサを確保しづらくなっている事情があるとみている。
 世界自然遺産の知床半島。その東南側に位置する根室管内羅臼町では8月以降、連日のようにクマが市街地に出没している。
 知床に生息するクマは例年秋、河川に遡上するカラフトマスなどを主食としており、エサを求めて人里に出ることは少ない。だが今年9月には少なくとも4~5頭が市街地に頻繁に出没し、地面を掘り返して食べ物を探したり、民家の物入れをあさったりする行動を繰り返した。
 町内では9月23日、住宅敷地内の小屋に保管されていた漬物をクマが食べた跡も見つかった。「大量出没が問題になった2012年や15年よりひどい。民家近くに居座っており、追い払うのも難しい」。町産業創生課の担当者はそう嘆く。
 網走海区漁業調整委員会によると、オホーツク管内斜里町の斜里第一漁協とウトロ漁協の沿岸でのカラフトマスの漁獲量は9月20日現在約28トン。「記録的な不漁年」だった22年同期のわずか34・1%にとどまる。
 さけます・内水面水産試験場(恵庭市)は不漁の原因について「資源が減った上、夏場の海水温が高い年が増えてきていることも影響している可能性がある」と分析する。カラフトマスは16~17度が生息の適水温とされ、生息域は年々北上している。気象庁によると、知床半島沖の8月上旬の海面水温は21度で、平年より5~6度高かった。
 ヒグマの調査研究などを行う知床財団(斜里町)によると、今秋は知床半島の河川に遡上するカラフトマスも大幅に減少している。ドングリやハイマツの実の不作も重なり、知床に生息する多くのヒグマが夏から秋にかけて深刻なエサ不足に直面したとみられる。
 同財団は「年によって木の実が不作となることは以前からあったが、クマにとってエサの確保が厳しい年がだんだん増えているように感じる」と話す。
 道の調査によると、ドングリは昨年も道内の広い範囲で不作だった。こうした状況下で、酪農学園大(江別市)は20年6月に釧路管内白糠町内の国有林でクマがトドマツの樹皮をはぎ、内樹皮を食べた跡を発見した。空腹に苦しむ個体がこれまで口にすることのなかった内樹皮を食べたとみられる。
 本州ではツキノワグマがスギなどの樹皮をはぐ「クマ剥ぎ」が広がっており、このままヒグマのエサ不足が続けば、道内でも林業被害が拡大しかねない。
 同大の学生らが十勝管内浦幌町の道有林を中心に長年続けているフンの調査では、クマが市街地周辺の農地で小麦や牧草を食べる傾向が年々強まっている。春の主食となる山中の柔らかい草が、温暖化の影響で早い時期に枯れるようになったことなどが影響しているとみられる。
 クマによる農作物の食害は道内で拡大の一途をたどっており、道ヒグマ対策室は「従来は山で草などを食べていた春夏に、畑に現れるようになった」と話す。
 道によると、ヒグマの捕獲と狩猟のピークは本来10月ごろとされてきたが、ここ5年間は春から夏にかけての駆除が増加。道内で21年度に捕獲されたヒグマ1056頭のうち2割が8月に駆除されており、月別の捕獲数で最も多かった。
 酪農学園大の佐藤喜和教授(野生動物生態学)は「温暖化の影響で植物の生育時期がずれている。クマの食べ物が少ない時期が長くなり、人とクマのあつれきが増えている可能性がある」と指摘。今後、山中でのエサ不足が慢性化し、市街地への出没がさらに増える可能性があるとみている。(岩崎志帆)
2023年10月5日
知床ヒグマ 深刻なエサ不足