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中国、貴州省で見つかった歯の化石は、はるか昔にここの洞窟にいた人々が、人類の系統樹の謎多き枝の1つだった可能性を示している。(PHOTOGRAPH BY NOVARC IMAGES/ ALAMY)

 ◇歯に原人と旧人の特徴が併存、従来の系統樹にあてはまらず-中国

 中国南部、貴州省桐梓(とうし)県の洞窟で見つかった4本の歯は、ずっと科学者たちを悩ませてきた。
 1972年と73年、「岩灰洞」の底にたまった堆積物の中から、研究者たちが約20万年前の歯を発見し、当初はホモ・エレクトスと分類された。直立歩行し、初めてアフリカを出たとされていたヒト族(ホミニン)である。その後の分析で、これはホモ・エレクトスにはぴったり当てはまらないと示唆されたが、それを最後に20年近く進展がないままだった。

 この不思議な歯を、現代の手法を使って再検討した研究結果が学術誌「Journal of Human Evolution」5月号に掲載される。論文によると、新たな分析の結果、古いタイプのいわゆる「原人」に含まれるホモ・エレクトスや、それよりも進化した「旧人」のネアンデルタール人である可能性は除かれたが、謎めいた歯の主はやはり分からなかった。

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「不可解です。この歯をどこに位置づけるべきか分かりません」
 論文の著者で、北京にある中国科学院古脊椎動物・古人類研究所のソン・シン氏はこう話した。

 4本の歯は、いま知られている人類の進化系統樹の枝のどこにもあてはまらない。現在、こうした発見が中国で増え続けており、この地域で起こった人類の歴史に未知の部分が多いことをうかがわせる。

「私たちはいつも、アフリカを『人類のゆりかご』と考えます」と、論文著者の1人で、スペインの人類進化国立研究センター(CENIEH)所長のマリア・マルティノン=トレス氏は話す。「ですがおそらく、アフリカは人類全体ではなく、私たちホモ・サピエンスという特定の種にとってのゆりかごなのでしょう」。

 かつて地上を歩いていた人類にはいま知られている以上にもっと多くの種がいて、このところアジアで続いている発見は「全体像の解明に欠かせない」はずだ、とマルティノン=トレス氏は続けた。

 ◇人類史は複雑になる一方

 人類の物語は近年、複雑になる一方だ。章立ても登場人物もかつてないほど増えている。ホモ・エレクトスのような原人の移住がおよそ200万年前に始まったことは、中国の中央部で最近見つかった非常に古い道具から分かっている。その後、何十万年にわたり他の集団が旅を続け、世界中に遺物を残している。

 気候の違う見知らぬ土地へ入っていく中で、過去の冒険者たちは各地でさまざまな集団を形成した。たとえば、ヨーロッパや中東各地にはネアンデルタール人が定着した。東南アジアに向かったなかには、今のインドネシアで見つかった小柄なホモ・フロレシエンシスや、フィリピンで石器を使っていた人々がいる。

 では、桐梓の歯はどの集団に属するのだろうか? 「研究材料はごくわずかしかありません」と、シン氏は慎重に語った。「ですが今は、多少は想像できます」

 今回の研究は、桐梓の歯の構造とパターンに着目している。マイクロCTという方法で表面と内部の構造を細部まで解き明かし、アフリカ、東アジア、西アジア、ヨーロッパで集められた古代の歯および、現代に近い歯のサンプルと比較した。

 その結果、桐梓の歯では、古代と現代の特徴がパッチワークのように入り混じっていた。特に、エナメル質の下の象牙質という組織には、原人であるホモ・エレクトスの歯にはっきり見られるしわがなかった。むしろ、多くの歯で単純さが目立ち、ネアンデルタール人のような旧人に近いと考えられた。しかし全体として、歯の特徴はどちらのカテゴリーにも当てはまっていない。

 1つの魅力的な可能性は、この歯は得体の知れないヒト族の集団、デニソワ人ではないかというものだ。デニソワ人は、少なくとも40万年前にはネアンデルタール人との共通祖先から分かれた旧人と考えられている。彼らの手がかりは、シベリアの洞窟で発掘された臼歯3本、小指の骨、頭蓋骨の破片というわずかなものしかないが、遺伝的な痕跡はよく研究されている。デニソワ人のDNAは、現在のアジア、特にオセアニアにいる人々の間に今もかすかに残っている。

 桐梓の歯とデニソワ人の歯の種類が違うため、直接比較できないのが大きな問題だと指摘するのは、カナダ、トロント大学の古人類学者ベンス・ビオラ氏だ。氏はつい先週、米オハイオでの人類学会でデニソワ人の頭蓋骨の断片についての発表を行った。桐梓の歯には、かなり大きいというデニソワ人に顕著な特徴が一見あるようだが、物理的な手がかりが限られており、遺伝的証拠がなければ決定的なことは言えない。なお、高温多湿の中国南部では、もろいDNAはなかなか残らない。

「明らかに特徴のある集団です。デニソワ人と同じ集団なのかどうかははっきりしませんが」とビオラ氏は語った。氏は、ロシア科学アカデミーのシベリア部門にも加わっている。

 米ニューヨーク大学の古人類学者で、特に歯が専門のシャラ・ベイリー氏は、この歯とデニソワ人の類似性には懐疑的だ。「デニソワ人の手がかりがこれからもっと出てくるのは間違いないと思いますが、肝心なのは、比較に適した頭や顎の部分が得られない限り、推測ゲームでしかないということです」

  ◇続々と見つかる謎の化石

 もう1つの可能性は、交雑した系統という場合だ。この時代には、おそらく複数のヒト族が出会っており、異種交配が起こっていたようだ。つい昨年、太古の10代の少女について、母がネアンデルタール人、父がデニソワ人であることを、科学者たちが骨の断片から特定している。

 例えば旧人のデニソワ人がアジアに入ったとき、すでにそこに暮らしていた原人のホモ・エレクトスと出会ったかもしれない。そして交雑によって、桐梓の歯を生み出すに至る集団ができたかもしれない、とビオラ氏は話す。この推測とかみ合うように見えるのが、デニソワ人のDNAにまつわる不思議な点だ。過去の遺伝子解析で、デニソワ人のDNAのごく一部は、非常に古いタイプの謎のヒト族に由来することが示されていた。とはいえ、桐梓の化石のDNAがないため、科学者たちは今はまだ推測するしかない。

 とはいえ、この研究結果は人類の物語を明らかにする重要な1歩ではある。「こうした中国の化石は昔から研究されていますが、結果が英訳されないことが多かったため、分野全体の研究成果にあまり組み込まれずにいました」と、英ロンドン自然史博物館のクリス・ストリンガー氏は指摘する。またベイリー氏は、「中国の化石へのアクセスが限られていたせいで、科学的な解明も限られていました」と話している。

 しかし、今やそれも変わりつつある。科学者が目を向ければ向けるほど、物語が複雑であることが明らかになってきた。今回の歯以外に、中国で発見された36万~10万年前のさまざまな化石も、やはり今あるカテゴリーには収まらない。その中には、中国南部の盤県大洞で見つかった、驚くほど進化を遂げた特徴のある歯や、中国北部の許家窯遺跡から出た頑丈な歯などがある。

 しかも、頭蓋骨の一部も見つかっている。特に興味深いサンプルは、中国のハルビンから出た、信じられないほど完全に近い頭蓋骨だ。科学的な報告はまだされていないが、ネアンデルタール人よりも古い特徴があり、その系統から早くに枝分かれしたグループに属するかもしれないとストリンガー氏は指摘している。

「中国には何らかの独立したグループがいたのでしょう。DNAはなくても、それは言えると思います」とストリンガー氏。だが、具体的な点についてはもっと証拠が必要だ。

「この研究には、古人類学における文化的な変化がよく表れています」と、米ロヨラ大学のクリスティン・クルーガー氏はメールでコメントを寄せた。「私たちの物語は、これまで思っていたよりもずっと入り組んで複雑であり、物語は常に変化し続けていると認識する動きです」

文=MAYA WEI-HAAS/訳=高野夏美

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