ラブロフ
河野外相とロシアのラブロフ外相 

 ◇ラブロフ外相は30日から訪日予定

【モスクワ=桃井裕理】河野太郎外相とロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は10日午前(日本時間10日夕)、モスクワで北方領土問題を含む平和条約締結交渉を巡って会談した。
 ラブロフ氏は「両国間には依然として大きな隔たりが残っている」と強硬姿勢を崩さなかった。
 6月に予定する日ロ首脳会談に向け打開策を探る狙いがあったが、交渉は長期化の様相をみせている。

 両外相は外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を月末に東京で開くと確認した。
 ラブロフ氏は30日から訪日し、外相会談も予定している。北方領土の共同経済活動に関する作業部会を20日と21日にモスクワで開催することでも一致した。

 今回の外相会談は予定の1時間を超え、約2時間に及んだ。
 その後、食事をとりながら1時間半にわたり議論を続けた。合計すれば4時間近い。それでも河野氏は共同記者発表で「立場の隔たりを克服できたわけではない」と述べた。「時には激しいやり取りになることもあった」と明かした。

◇戦争の結果として北方領土がロシア領になったとする歴史認識の正当性主張

 ラブロフ氏は共同記者発表で「国連憲章でも検証された第2次世界大戦の結果を日本が確認する必要がある」と語った。戦争の正当な結果として北方領土がロシア領になったとする歴史認識の主張だった。

 平和条約交渉の基礎である1956年の日ソ共同宣言についても「地政学的な状況が根本的に変わった」として、日米同盟の存在を指摘した。米国のミサイル防衛(MD)システムに触れ「ロシアに脅威をもたらしうる米国の危険な行動に日本側の注意を喚起した」と話した。島に米軍基地が建設される事態を念頭に置いているとみられる。

 河野氏は「立場の隔たりを克服できたわけではないが、未解決の困難な問題を乗り越え、真のパートナーシップを築くことが双方の戦略的利益であることを認識している」と呼びかけた。

 第2次世界大戦の結果を巡るラブロフ氏の見解に関しては「日ロ間では領土問題が解決されていないため平和条約が締結されていない」と改めて日本の立場を強調した。

 両外相は平和条約交渉の責任者に就いてから1月にモスクワ、2月にドイツで会談し、今回は3回目となった。日本で開く順番だったがラブロフ氏の訪日に先立ち、河野氏がモスクワを訪れた。

 安倍晋三首相は当初、6月に大阪で開く20カ国・地域(G20)首脳会議にあわせて訪日するプーチン大統領と会談し、平和条約締結に向け大筋合意するシナリオを描いていた。
日本経済新聞 2019/5/10

         *        *

■昭和20年(1945)のロシア(旧ソ連)の動向

1月27日――ソ連がアウシュヴィッツ開放
2月4日――米英ソ首脳が集まりヤルタ会談が開かれる、ソ連対日参戦を密約
4月5日――モロトフ・ソ連外相、駐ソ佐藤尚武大使に日ソ中立条約を延長せずと通告。同日、小磯内閣総辞職、後継内閣は枢密院議長鈴木貫太郎に降下、7日内閣成立
6月9日――木戸幸一内大臣、ソ連の仲介で戦争終結をはかる「時局収拾対策試案」を天皇に言上。
7月10日――最高戦争指導会議で、ソ連に終戦斡旋依頼のため近衛文麿の派遣決定。しかし18日にソ連婉曲の拒否。
7月17日――トルーマン、チャーチル、スターリンのポツダム会談(26日発表)。
7月30日――佐藤尚武中ソ大使、ソ連に和平斡旋を依頼。
8月8日――ソ連、対日宣戦布告。同日、北部満州・樺太・北部朝鮮にソ連軍侵攻(9日未明)。
8月28日――ソ連、択捉島占領。
8月16日――スターリン、ソ連軍による北海道北部占領を正式提案、トルーマン拒否。
9月1日――ソ連、国後・色丹に上陸。
9月2日――ソ連、歯舞諸島侵攻作戦発動。
9月5日――歯舞無血占領に成功し、ソ連による全千島の占領完了。

ソ連の北海道占領計画〝日本分断〟防いだ英断 

※近現代史研究家の水間政憲氏は、ボルゴドノフ大将の発言を裏付ける証拠として、ソ連の「北海道・北方領土占領計画書」を山形県鶴岡市のシベリア資料館で発見。
スターリンは北海道の北半分を要求

◆関連記事
【ロシア】北方領土を特区指定=共同経済活動に影響も
 →メドベージェフ首相は、北方領土をロシアの経済特区「先行発展地域」に指定する決定に署名

「オホーツクはロシアのもの」お笑い芸人村本大輔、安易な“炎上商法”に苦情、批判殺到 →18市町村の首長でつくる同地域委員会が「炎上芸人」の村本を採用し、「不適切」と批判を浴びる

【ロシア】北方領土を経済特区の指定へ
 →第三国の企業の進出が相次ぎ、日露間の「共同経済活動」に影響が出る可能性も(2017/7/6)

【北方領土】ロシア法の適用が条件=共同経済活動で日本けん制