※外国の人が日本の強さの正体を問われたとき、「日本人は我慢強く、助け合い、譲り合い、感謝の心を忘れず、一緒に苦難を乗り越えようと無意識のうちに団結する不思議な人たち」などと多くの人が回答し、さらに「日本人自身はそのことを自覚していないようだ」と付け加えます。
 ふだん日本を嫌っているはずの某国々の人でさえ、内心ではそのことに気づいているため、そんな日本人を不気味に思い、逆に恐れるのだという人もいます。

 大災害などの重大な危機に直面した時、人としての真価が問われ、生き抜く覚悟と人間力が試されます。
 世界は今危機的状にありますが、無責任に煽るだけの情報等に惑わされず、自助の精神を持って、いざという時のために日頃から備え、工夫し、適切な判断と行動を心がけるようにしたいものです。 *

台風15号被害 千葉県内の梨園
台風15号で被害を受けた梨園(2019年9月)

 全国有数の農業県、千葉を襲った台風15号。 建物や木々をなぎ倒した猛烈な風は、容赦なく収穫直前の農産物にも牙をむいた。収穫量、出荷量ともに全国1位を誇る名産の梨もその一つ。地面に落ちて傷つき、売り物にはならなくなった。

「もう終わりだ…」
 絶望の淵に立たされた農家を救ったのは、普段から付き合いの深い運送会社からの電話だった。
 梨の廃棄を防ごうと県外の加工会社も全面協力、日頃の繋がりが「備え」となり、傷ついた梨が加工品へと形を変えた。(千葉日報社・山崎恵)

落ちた梨を拾い集める与佐ヱ門の従業員
落ちた梨を拾い集める与佐ヱ門の従業員=2019年9月10日、千葉県富里市

 2019年9月9日。千葉県市川市で約200年続く老舗農家「与佐ヱ門」の8代目、田中総吉さん(48)は農園の変わり果てた姿を見て絶句した。
 畑を覆う網は吹き飛び、1年間手塩にかけて育てた梨が無残に転がっている。想像していた以上の被害だった。

 9月中旬~10月中旬が収穫最盛期の「新高」は、収穫まであと2週間を切っていた。
「今年のできは最高!」と周囲にも伝えていたばかり。
 全国から注文を受けていたが、傷がついては売りには出せない。従業員総出で落ちた実を拾い集めながら、田中さんの脳裏に「再起不能」の言葉がよぎった。

 そこへ一本の電話がかかってきた。
「総吉さん、畑は大丈夫ですか!」
 相手は普段から与佐ヱ門の梨の出荷を担当するヤマト運輸の市川国分支店長(当時)、大城功三さん(44)だった。

 「だめだ、傷がついてしまって捨てるしかない。もう終わりだ…」

 いつも豪快で明るい田中さんのただならぬ気配を感じた大城さんは、とっさに叫んだ。

 「なんとかしましょう、僕にできることは何でもします!」

ヤマト運輸大城さん与佐ヱ門・田中さん  (1)
当時を振り返る与佐ヱ門の田中さん(右)とヤマト運輸の大城さん

 ◇「何とか助けたかった」傷ついた梨を加工品に

 「何でもします」という大城さんの言葉を聞いた瞬間、田中さんに突如アイデアが浮かんだ。ジュースやゼリーの製造を委託している県外の加工会社に梨を運ぶことができれば、廃棄せずに済むかもしれない―。

 通常時でも予約の取りにくい加工業者が急な依頼を受けてくれるかは分からなかったが、田中さんはいちかばちか「運んでくれるか」と大城さんに告げた。
 大城さんは即決で了承。梨がこれ以上傷まないよう一刻も早く運ぶため、急いで自社のトラックを手配し、加工業者のある大分県、長野県の宅急便センターにも「何とか受け入れを」と懇願した。

「総吉さんが1年かけて大切に育てた梨だと知っていたから。何とか助けたかった」
 猛暑の中、傷んだ梨を運ぶことには衛生上のリスクもあった。
 台風で集荷や配送が遅れ、ヤマト運輸自身も被害を受けていた。それでも大城さんの判断に反対する人は誰一人いなかったという。

 両県のセンターも受け入れを承諾。台風被害をニュースで知っていた長野県、大分県の加工業者は田中さんからの依頼に「ヤマト運輸が運んでくれるなら、うちも協力します。そのままの状態でいいので、すぐに送ってください」と全面協力。
 2人の電話からわずか30分ほどで、売れなくなった約2トンもの梨を加工できることが決まった。

 こうして作られた梨のゼリーは2020年1月、千葉県が開催する県産品を使った加工品コンクールで銀賞を受賞した。田中さんは「たくさんの人に助けられた」と授賞式で感謝と喜びをかみしめた。

ヤマト運輸大城さん与佐ヱ門・田中さん
田中さん(左から2人目)と歴代のヤマト運輸担当者ら=2月26日、市川市

 ◇日頃のつながりが「備え」に

 与佐ヱ門を救ったのは運送会社、加工業者との日頃の関係性だった。大城さんらヤマト運輸の歴代の支店長やドライバーは、田中さんと梨の運送方法について意見をぶつけ合い、何代にもわたり信頼関係を築いてきた。与佐ヱ門が地域に先駆けて規格外の梨を加工販売していたことも“備え”となった。

 ヤマト運輸が迅速な対応を取れたのにも理由がある。
 2011年3月の東日本大震災。ヤマト運輸の社員は地震の数日後、各地で自発的に食料や生活用品などの救援物資を運び始めたという。

「困っている人がいれば手を差し伸べるのがヤマト運輸のDNA」
「現場の判断でどんどんやれという風潮」と歴代の支店長。
 大城さんも「自分の判断ですぐに動けた。また同じような災害があったら?きっと助けます」と言い切った。

 ◇全国から届いた励ましの手紙も田中さんを支えた

 ただ課題もある。野菜や果物は生で売る方が単価は高く、県内では積極的に加工を手掛ける農家はまだ少ない。多様な商品を製造できる加工業者も多くはない。

 田中さんは「今回の台風をきっかけに、災害時に農産物を加工できる包括的なシステムができれば。それには普段からの農家と加工業者のつながり、瞬発力のある運送会社の力が絶対に必要。今回の僕たち数人の関係性が、農業を救う大きな流れになってくれることを願う」と語った。

 取材後、田中さんは「ぜひ見てほしい」と一枚の手紙を持ってきてくれた。
「また、来年楽しみにしています」「待っています」
 台風後に全国から届いた温かい手紙を今も大切に事務所に貼っていると話す田中さんの目には、うっすらと涙がにじんでいた。

 ◇救われなかった農家、フードロスの苦悩

 売り物にならなくなった農作物を廃棄せず加工品に――。与佐ヱ門のケースは日頃のつながりや多くの人の協力もあり、うまく形になったが、救われた農家ばかりではない。

 台風時、インフラの停止などで人々が食糧を手に入れにくくなった一方、ビニールハウスの倒壊などで傷つき売れなくなった野菜や果物が大量に廃棄された。

 食べられるはずの食品が捨てられる「フードロス」の削減が叫ばれる時代。
 世間からは「もったいない」の声も起きたが、問題の根底には、農産物の価値が「規格に沿っているか」で決まる現状がある。大多数の農家は、傷ついた農作物を廃棄するほか、選択肢がなかった。

被災野菜で作ったピクルス
「チバベジ」が被災野菜で作ったピクルス

 ◇立ち上がった若者たち

 そんな農業の現状を変えようと立ち上がった若者たちがいる。台風で被害にあった野菜を独自に買い取り、ピクルスやジュースに加工して農家に売り上げを還元するプロジェクト「チバベジ」だ。

 発起人の一人である安藤共人さん(36)は、千葉県内の金融機関や都内の企業で地方創生に取り組み、昨年はフリーランスで地方自治体のプロモーション活動などを行っていた。

 台風時、壊れたビニールハウスを撤去するボランティアで山武市のトマト農家を訪れたとき、傷のついた大量のトマトが廃棄されているのを目の当たりにした。
「品質も味もとてもいいのに、捨てられるってどうなんだと思った」と活動のきっかけを語る。

安藤さん、鳥海さん
被災農家を救おうと「チバベジ」を立ち上げた安藤さん(左)と鳥海さん

 安藤さんは、千葉県佐倉市でゲストハウスを営み被害野菜を販売していた鳥海孝範さん(44)とともに、クラウドファンディングを開始。

 10日間で2400キロ、台風から1カ月後には4500キロの農作物を買い取って、完売した。 10月には一般社団法人「野菜がつくる未来のカタチ」を設立。現在も継続的な農家支援を続けている。

安藤さん
ペリエ千葉で野菜を販売する安藤さん=2月19日、千葉市中央区

 ◇被災地千葉から「災害に強い農業の形」発信

 2人が目指すのは、普段からのフードロス対策と「災害に強い農業」の実現だ。加工品販売のほか、規格外の野菜をレストランで使ってもらったり、JR千葉駅の駅ビル「ペリエ千葉」で販売したりとさまざまな方法で活用する。

 長期保存もできる加工品販売は災害時に農家を救う一手となるが「数百個単位の少量発注を受け入れてくれる加工業者は県内にはほとんど無いんです」と安藤さん。
 そこで見いだした活路が、農業と福祉分野が連携する「農福連携」だ。
 千葉県内には食品の加工を手掛ける障害者支援施設などがいくつもある。そこで野菜などを加工してもらい「地域での農家支援」を実現している。

 「活動を支援してくれる飲食店や消費者、加工業者と農家さんを直接つなぐのが自分たちの役割。来年、再来年も起こるかもしれない災害に農作物が耐えられるかは正直分からない。いざというとき、農家を孤独にしないためには普段からのネットワークが何よりも大切です」と力を込める安藤さん。
 これからも被災地千葉から全国へ、農業の新たな形を提案していく。

【連載:千葉のあれから】
この記事は千葉日報とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。昨年、日本各地で被害を出した台風。その被害の実情と復興の過程を、地元メディアの目線から伝えます。

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