弁護士会館

   東京弁護士会 会長 篠塚力
      2019年11月19日

1 いわゆる濫用的懲戒請求を受けたことが不法行為に当たるとして、当会会員(A会員)が懲戒請求者に対して起こした損害賠償請求訴訟が、去る10月29日、最高裁で双方からの上告が棄却されて終了した。

 これにより、本件懲戒請求が「民族的出身に対する差別意識の発現というべき行為であって」「弁護士としての活動を萎縮させ、制約することにつながるものである」として懲戒請求者に損害賠償を命じた東京高等裁判所判決(2019年5月14日付け)が確定した。

2 本件懲戒請求の原因となったのは、2016年(平成28年)4月22日に当会が発した「朝鮮学校への適正な補助金交付を求める会長声明」であった。この会長声明は、当会が会内の手続きを踏んで最終的には会長の責任において発したものである。
 もとより、その過程には多くの会員が関わっているが、個々の会員らが懲戒の対象となる謂れはない。

 ところが、当該会長声明をめぐっては、A会員の他にも、B会員が「違法である朝鮮人学校補助金支給要求声明に賛同」したとして、またC会員は「根拠のない懲戒請求は本当にひどい」などとB会員に賛同するツイートをしたとして、当会に対して2800件を超える懲戒請求がなされた。

 また、同様の会長声明をめぐっては、全国で懲戒請求が起き、その数は13万件に上るとされている。

3 しかし、当会のみならず各弁護士会が発した意見書や会長声明をめぐって、個々の会員が懲戒請求されることは、筋違いと言わざるを得ない。

 私たちが、各種意見書や会長声明を発するのは、弁護士が人権の擁護と社会正義の実現を使命としていることから、多数決原理の中で決まった立法政策であっても少数者の人権保障の観点から問題があると考える場合である。

 そのことが懲戒の理由になることはあり得ない。
 そもそも弁護士会がその会員に対する懲戒権を有しているのは、ときに権力と対峙してまで少数者の人権保障のために活動する弁護士にとって、懲戒制度が弁護士自治の根幹であるからである。

 したがって、当会は懲戒制度の運用においても、「身びいき」と言われないよう外部委員を含む厳格な手続きで運用し、市民に信頼される制度としてきた。

 ところが、近時、懲戒制度が濫用される例が散見され、弁護士に対し、人種差別的な言動を含む違法・不当な攻撃に利用されるようになり、懲戒制度が危機に瀕していると言っても過言でない。

 自らの依頼者の人権擁護活動に粉骨砕身尽力している会員が、その活動によって攻撃を受けることは由々しき事態である。弁護士の人権擁護活動が攻撃にさらされれば、人権侵害の救済を自ら求めることができない市民の人権を弁護士が守ることが困難になりかねない。

4 上記のとおり懲戒制度は弁護士自治の根幹をなすものであることを踏まえ、「何人でも」請求できるものとされているが、当然ながら請求者にはその責任が伴う。

 懲戒請求者の氏名は懲戒請求を受けた会員に反論の機会を与えるために対象会員に開示されるが、当会としては、濫用的懲戒請求の大量発生を踏まえ、必要に応じて本人確認書類の提出を求めるなどの懲戒制度の正常化へ向けた運用の改善を行う予定である。

 私たちは、少数者の人権保障の最後の砦である司法の一翼を担う弁護士として、懲戒制度を正しく運用し、弁護士法の定める使命を全うしていく所存である。

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東京弁護士会 2019年11月19日

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【大量懲戒請求事件】不当懲戒請求者に対する訴訟の東京高裁判決について →「根拠のない懲戒請求は、不法行為に当たる」「事実無根のことで懲戒請求をすることは許されず、場合によっては、虚偽告訴罪(刑法172条)として、刑事事件にもなる」

《日弁連会長声明》 2017年12月25日‐中本和洋
 →「弁護士会活動に対しての反対意見の表明し、これを批判することは個々の弁護士の非行を問題とすることと別のものであり、個々の弁護士に対する懲戒請求として取り上げることは相当ではない」

【東京弁護士会】当会会員多数に対する懲戒請求についての会長談話 →「これらは懲戒請求の形で弁護士会の会務活動そのものに対して反対の意見を表明し、批判するものであり、個々の弁護士の非行を問題とするものではない。弁護士懲戒制度は、個々の弁護士の非行につきこれを糾すものであって、当会は、これらの書面を懲戒請求としては受理しないこととする」会長・渕上玲子