水間政憲氏インタビューその2「水間条項国防最前線!」20190905

※稲田朋美氏が裁判で勝てる証拠資料を地裁、高裁の準備書面に入れず握りつぶしたことで原告側全面敗訴。あえて勝てる見込みのない「敬愛追慕の情」を争点にし、一事不再理"を逆手に取った有力証拠資料潰し目的だったという疑惑も。
⇒稲田氏は公開質問にいまだに無回答。

「南京百人斬りk闘争」裁判

(参考):青にゃん劇場
青山繁晴先生が推薦する"ともちん"こと稲田朋美元防衛相

【補足】
 南京陥落報道にあたって、当時「少しく、先走りすぎる」と「その筋の注意を受けて」いた東京日日新聞(毎日新聞の前身)は、昭和12年11月30日から12月13日にかけて、つまり日本軍の南京攻略の過程で4回にわたっていわゆる「百人斬り競争」を報道した。(『昭和12年の「週刊文春」』p.317)

 戦後、この記事を証拠として、野田毅、向井敏明両少尉は戦犯として南京で公開処刑され、「百人斬り」を報道した東京日日新聞の浅海一男記者は、昭和13年3月号の『話』(文藝春秋社)の従軍記者座談会に出席し、「戦線を縦横に出没して膺懲(ようちょう)のペンを振るう従軍記者」のひとりとして発言している。(『昭和12年の「週刊文春」』p.317)

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